末妹・秋華が風邪を引いた。
「久しぶりに、風邪らしい風邪だわね」
と、体温計をみながら長女・桜花がつぶやく。
きょうだいが小さいときにはよく誰かが熱を出して、連鎖反応的にきょうだいが全員かかるということが珍しくなかったのだが。
いつの頃からだろうか。あまり、寝込むような風邪をひかなくなった。
次女・皐月が、桜花の横から体温計の数値を読む。
「あーら、ほんと。結構、熱があがってる」
「さっちゃんは大丈夫?」
「私は平気。姉さんは?」
「私も平気。子供の風邪はすぐに高熱が出てすぐに引くけれど、大人になると、いつまでも長引くような風邪をひくわよねー」
お互い体調には気を付けましょうね、と年長の二人は頷きあった。
*
話のネタにされている秋華からしてみたら、なんとものんきな響きの会話である。
「他人事だと思って〜〜〜」
そう、姉二人の会話は、病人の枕元で行われていたのである。
「やあね、しゅうちゃん。お姉ちゃんはしゅうちゃんのことを思っていってるのよ」
と、のんきな桜花の声。真実みがまるでない。
「そうよ、秋華。よかったわねぇ、試験期間中じゃなくて」
と、笑いを含んだ声は皐月。しかしもうすぐ試験である。勉強などできていない。
桜花は頬に手をやって何事か思案し始めた。
「風邪の民間療法というと……生姜湯でも作りましょうか」
「いやだ〜。あれ、嫌い〜」
秋華は、ガラガラ声のあらんかぎりを出して、嫌がった。
きょうだいの多い相馬家、病人にはある程度の我が儘が許されている。なんと、あの優駿でさえ病気をしたときは姉二人、妹二人からある程度の待遇改善がなされるのだ。そういうことを気にしないお嬢様は相馬家飼い猫オークスのみである。
「病院へ行ったほうが……」
「いやだ〜〜〜。病院、嫌い〜〜〜!!」
我が儘きわまれり。
皐月は、そんな秋華の額に手のひらをのせる。冷たい手だった。秋華の熱があがっているからよりいっそうそう思うのかもしれなかった。
「解熱剤、飲んだんでしょ? すぐ治るって。ね?」
病気をして身にしみる、年の離れた姉たちのありがたさ。秋華は頷いた。
それに比べて年の近い兄姉たちの薄情なこと。
「ひどい声してるんだから、のど飴でも舐めてなさい」
姉たちはそういって飴の袋をくれた。
秋華の大嫌いなハーブのど飴である。
「これ、甘くないから嫌い〜〜〜」
どこまでも秋華の好き嫌いは健在だった。
*
数日のち。秋華の風邪はすっかりよくなった。
口の達者な秋華である。元気になったらさっそく兄と三番目の姉に毒舌をかますことも忘れなかった。
「桜花ちゃんと皐月ちゃんは、私に色々してくれたのに〜。兄貴と菊花ちゃんは、なーんにもしてくれなかった〜。薄情なんだから。ふーんだ」
姉・菊花はどこ吹く風。
兄・優駿は少しうろたえながら、言い訳がましいことをいった。
「しょうがないだろ。全員が倒れるわけにはいかなかったんだから」
「?」
「うつったら困るってんで、僕と菊花には立ち入り禁止令が出てたんだ。ちゃんと、のど飴を差し入れてやったろ?」
菊花の趣味で、一番ききそうなハーブの飴になったけれど、と兄はいう。
後ろで菊花が微笑んだ。
そういえば、ことさら自分が嫌いな(なおかつ効きめの有りそうな)チョイスだったような気もする。あれは年長の姉たちではなく、優駿と菊花がくれたものだったのだ。
そして。
部屋の奥から、どこかで聞いたことのあるようなガラガラ声が響いた。
「だーれーかー。のど飴、買ってきて〜〜〜」
そして、そちらの方向から皐月があらわれる。部屋の奥を親指で指し示して
「優駿、今日からしばらく、あんたがごはん作りな」
と一言いった。ということは、ごはん担当係、桜花が潰れたのである。
それを聞いた菊花がため息混じりにつぶやいた。
「あら、やっぱり風邪がうつったのね。どちらかが倒れると思ったわ。秋華ちゃんにあげた飴がまだ残っていたと思うから、それを差し入れするわ」
「お願いね。多分、秋華ほどさっさと治らないと思うから。厄介なことに熱はないのよ。こうなったら長引くのよねー、大人になってからの風邪はー」
秋華に視線を向けて来、優駿がつぶやく。
「わかった? きょうだいの一部を隔離しておかないと、こうやって風邪がうつって倒れた人間を誰が面倒みるのさ。この風邪、さらに強力になってそのうち僕や菊花のところまで回ってくるぞ」
「あらあら♪」
菊花が他人事のように微笑んだ。
*
この冬、相馬家ののど飴購入はのべ一ヶ月続いたという。