物置のなかの小さな宇宙。
そこには色んなものが詰まっている。
「菊花? あんた、何やってんの?」
姉・皐月の声に、物置に頭をつっこんで埃だらけになっていた菊花は顔をあげた。
「昔の楽器を探しているの」
「楽器?」
「ええ。リコーダーとかピアニカ、ハーモニカでもいいわ」
文化祭の出し物が、生演奏付きの喫茶に決定した。
「……あんたとこの担任も物好きな」
「はげしく同感するわ、皐月姉さん」
接客が苦手だといったら、自動的に菊花は演奏係に決定してしまった。
実際は茶道部と華道部のかけもちでほとんどクラスの出し物には参加できないだろう。
「ピアノをやってる子はピアノ、ギターをやってる子はギターを。つまりそれぞれ楽器を持ちよってやるの。楽器を持っていない人は、さっきいったようなものをね」
リコーダー、ピアニカ、ハーモニカ。
義務教育時代に一度は買わされたものがどの家にもあるはずである。
ただし、相馬家では少々事情が異なる。
きょうだいが一般よりもかなり多いため、そういう「必ず買わされるもの」は菊花くらいになってくるとお下がりが多かった。
皐月はなにか考え込むように腕を組んで、天井をみあげる。
「残ってるかな? ほら、私と桜花姉さんは新品を買ってもらった覚えがあるけど、あんたたちはお下がりだったでしょ。捨てちゃってるんじゃないの? もう何年前よ?」
大学四年の姉が小学校入学というと。
菊花は探す手を止めて、ぽつりとつぶやく。
「そうね、だいたい、にじゅうねん……」
「ちょい待て。私はいったいいつのまに5年も留年した!?」
目尻をつりあげる姉を尻目に、菊花は再び探索の手を動かした。
ひらがなやアルファベットを書いた積み木、当時流行っていたキャラクターものの人形、合体ロボ、新品同様で結局つかわなかったそろばん。次から次から出てくる。
「こんなころもあったのね」
「私にとっては、あんたなんていくつになってもおしめして泣いてるころのままよ」
「……そういうこと、外ではいわないでね」
しかし自分にとっても、年の離れた妹はいつまでたっても保育園で鼻水たらしていたころの印象が抜けない。そういうものなのだろう。
物置にはきょうだい5人分の軌跡が詰まっている。
菊花の手は、オレンジ色したプラスチックケースに触れた。小学校時代のハーモニカだ。
「あった」
「あった?」
ケースには「1ねん2くみ そうまさつき」と書いてある上から塗りつぶして「1ねん1くみ そうまきっか」になっている。
銀色に輝くハーモニカは小さな傷だらけ。それにもまた油性ペンで皐月の名前があり、その上に菊花の名前が書いてあった。
小学校時代の思い出がよみがえる。まわりはみんな新品のハーモニカで、菊花は自分のお下がりがとてもイヤだったこと。兄もまた新しいハーモニカがいいと駄々をこねて母を困らせていたこと。それを見て菊花は「自分も」とはいえずに諦めたこと。
「懐かしいわ……なんてけなげで可愛い私だったのかしら」
ほう、とため息をつく菊花を見て、皐月はどこか遠い目をした。
*
お下がりのハーモニカを不平をいわず使う子供だった菊花は。
家では母や姉を困らせまいとけなげにふるまっていたが、学校にいけば「お古」とからかってくる同級生をことごとく泣かせて勝利する可愛くない一年生だった。
当時、優駿は二年生で皐月は六年生。我が家で真実を知るのはこの二人のみ。
*
「これ、学校に持って行くわ。年数が経ってるものだから一度楽器店でクリーニングでもしてもらったほうがいいかしら。唾液が籠もるものですものね。ねぇ、皐月姉さん?」
楚々と微笑む現在の彼女に、当時の面影は表面上、ない。
いや。今でも怒らせると家族中で一番怖い人間である。
「三つ子の魂百までとはよくいったもんねぇ……」
「?」
皐月は最後まで遠い目をしたままだった。