本屋、CDショップにレンタルビデオショップと、学校から家まで寄り道ルートはだいたい決まっている。
秋華は今日も、レンタルビデオショップに友人と立ち寄った。この店は一階が書店、二階がレンタルDVDコーナーとレンタルビデオコーナーになっている。秋華たちがいるのは二階。夏休み中はこぞってレンタル中だった人気ビデオがそろそろ戻ってきている。
友人が尋ねてきた。
「秋華ちゃん、今日は何を借りるの?」
「うーんと『フィラデルフィア』『ショーシャンクの空に』。多分ないとは思うけど、あったら『カラーパープル』も」
「……知らない。古い映画?」
「うん、まぁね。でも桃ちゃんが観ても、面白いとは思わないかもしれないよ」
桃ちゃんはどちらかというと分かりやすい映画が好きだからだ。そういうと彼女は首をひねった。秋華は苦笑するだけにとどめる。
「本当は『蜘蛛女のキス』とか『太陽と月に背いて』とかが借りられるといいんだけどね〜」
「秋華ちゃん……それ、他の人の前で言うのはやめといたほうがいいよ」
「言わないよォ」
なぜカラーパープルを知らない桃ちゃんが蜘蛛女のキスのストーリーを知っているのか、そっちのほうが逆に怖いが。
目的のものを探して棚にしか目がいっていない秋華に対し、桃ちゃんは主に客層を眺めるのが好きだった。
「ねぇねぇ、秋華ちゃん。子供連れがいるよ。ほら、ベビーカーに乗って」
黄色い帽子をかぶった1才くらいの子供は指しゃぶりをしながら寝入っている。ベビーカーを押すのは若夫婦。お母さんのほうは子供よりもビデオの棚を見るのに夢中で、お父さんのほうはそれに付き合って棚をただ眺めているといった様子だ。
「かわいいねぇ〜」
「そう? 私、親が気になる。なんか子供かまってやらないのって、見ててヤダ」
「も〜。秋華ちゃんはいっつも、そーゆーこと言うんだから〜。赤ちゃん、寝てんだからいいじゃない〜」
桃ちゃんはもう一度、可愛い、と繰り返して子供を見ていた。
ついつい斜に構えて穿(うが)った見方をするのが秋華。桃ちゃんの素直さは秋華とは正反対で、その性格がときにうらやましくなる。
さて二人はしばらく店内をうろうろして目的のビデオを見つける。運良くみっつとも開いていた。
「よかったね」
「うん♪ ……もうちょっと、ほかのも見てていい? 次に何を借りるか見当を付けておきたいんだ」
桃ちゃんは笑って、いいよ、という。
そのあとすぐに、秋華の後ろに何かを見たのか、表情を少し変えて秋華の手を軽く引っ張った。
「桃ちゃん?」
「あれ、さっきの親子だよねぇ?」
そっと視線だけで示された先には、たしかに先ほど見かけた黄色い帽子。お母さんはベビーカーを畳んで、腕に子供を抱いていた。子供はやっぱり寝入っている。
桃ちゃんが何をいいたいか、秋華はすぐに理解した。
子供の片足には靴がなかったのだ。
「片っぽ、落としちゃったかな?」
「かもね」
秋華は先ほどベビーカーで寝ていたときの様子を思い出す。靴ははいていただろうか。タオルケットがかけてあって見ていないような気がする。もしかしたら親がそそっかしくて始めから靴をはかせていなかったのかもしれないと秋華は思う。桃ちゃんは、そうは思わなかったらしい。
「あの子のお母さん、気が付いてないのかな。ね、あの子の靴、探してあげない?」
「ええ〜?」
見ず知らずの誰かさんのためにどうしてそこまでしてやらなくてはいけないのだ、と、そういう性根がはっきりとあらわれた声が秋華の口から漏れた。一応、例の親子連れには聞こえない程度に抑えてはいる。
「そりゃ、ここで落としたんじゃないかもしれないけど。でも、もしここで落としたんなら早く見つけてあげないとあの親子、気づかないままここを出ちゃう。ね、探してあげよう?」
口調こそ疑問形だがこの場合、秋華の答えがどう変わろうと桃ちゃんの次の行動は変わらない。答える前に彼女はもう行動に移していた。うろうろとフロア内の床に目を落とす。
友人のこういう潔い態度をみるにつけ、秋華は自分の狭量さとボランティア精神の乏しさに我ながらあきれてしまう。秋華も桃ちゃんにならって、床に視線を走らせた。借りるはずのビデオは、ひとまず陳列棚に戻した。
探すのは小さな子供靴。
手のひらに乗りそうなサイズ。
どこを探しても見あたらない。
洋画、邦画、アニメ、ひととおりのコーナーを見てまわったがみつからない。
「やっぱり、落としたのはここじゃないかも」
「そだね」
あの子が靴をなくしたのはこの店ではなかったとしたら、どれだけ探してもないに決まってる。
「諦めようか、秋華ちゃん」
「うん……もう少し」
いつのまにか一生懸命になっているのは秋華のほう。桃ちゃんは笑いながら、また床を探す。
そのうち、例のお母さんも子供の靴に気が付いたらしくて、店員と何か会話をしている。お父さんはうろうろと床に視線を走らせている。秋華は桃ちゃんと顔を見合わせた。やっぱりここで落としたらしい。親御さんが気づいてくれてよかった、と、黄色い帽子の赤ん坊を二人でみやった。
秋華は頭を下にして、足下すれすれの場所に目線を持っていく。
「あ。桃ちゃん、あったよ」
絵本が原作の子供向けアニメビデオが並んだ棚の下、ちょうど床下をのぞき込むようにしないと見えない場所に靴はあった。子供が走り回っているうちに脱げたようには見えない。抱かれているときに落ちて、転がってしまったのだろうか。
おもちゃのような小さな靴。自分たちにもこんな靴をはいていた時期があったとは思えない。
「よかったね」
「うん、よかった」
手のひらに子供靴をのせて、秋華は子供を抱いたお母さんに近づいた。
「あの……これ……違いますか?」
知らない人に話しかけるのは、ちょっと勇気がいった。
まともな日本語にならない。単語を並べるだけのつたない台詞に、若いお母さんは目を輝かせた。
「ありがとう! どこにあったんですか?」
「えっと、あっち……」
アニメビデオのコーナーを指さす。本当に日本語になっていなかった。もう中学生なのにまるで小学生のような受け答えの仕方だ。
若いお父さんも一緒にやってきて、本当にありがとうございましたと頭を下げてくれた。お母さんも、一緒に頭をさげてくれた。腕に抱かれた子供が薄目を開ける。ちらっと秋華たちを見た後、すぐに目をそらして母親にしっかりとしがみついた。
秋華と桃ちゃんは顔を見合わせ、照れて笑いあう。
くすぐったいような気持ちだ。
なんとなくすぐにこの場から離れたくて、秋華たちは若夫婦に頭をさげてビデオショップを後にした。
「ふわ〜、どきどきしたね」
「すごくどきどきした。まだどきどきしてる」
小さな親切。まるで自分が親切にされたときのように、少し嬉しい。親切の押し売りにならなかったのも嬉しい。感謝されたのが少し幸せ。
「緊張したね、なんだか?」
「うん! 秋華ちゃん……ビデオは?」
桃ちゃんに指摘されて秋華は手元を見る。
「今日は、いいや」
結局借りそこねてしまった。靴探しをしている最中に陳列棚に戻したのだ。
若夫婦にお礼をいわれたあともう一度取りに戻ろうかとは思ったのだが、格好悪いような気がしてそのまま店を出てしまった。
二人で笑いながら、足早に駆けていった。