コンビニはちょっとしたときに便利。
けれど売っているものはだいたい定価だから、一人暮らしの女性がふらっと立ち寄るならともかく大家族の財布をあずかる身としては、あまりここで買い物したくない。
桜花にとってコンビニはそんな場所。
それでも便利には違いないので、仕事帰りなどによく立ち寄る。
*
今日も帰りの電車に乗る前に、駅前のコンビニに立ち寄った。
目当ては雑誌コーナー。
最初はさして興味のない女性向けファッション誌から手にして、女性週刊誌、週刊少年漫画雑誌のその日発売分、青年漫画雑誌を数冊、たまに分厚い月刊少女漫画雑誌、競馬ムック。文庫本と漫画の単行本の棚を眺めながら新刊本をチェック。
ここで立ち読みしている桜花の姿は、できれば知り合いには見られたくなかった。自宅最寄り駅ではいつご近所の顔見知りに出会うかわからない。そんなわけで職場の最寄り駅のコンビニが桜花のお気に入りだ。桜花の仕事仲間たちは基本的に徒歩か車通勤で、電車通勤をしている桜花とはあまり鉢合わせしない。
最後に園芸関係の月刊誌と、パチンコ必勝法雑誌を手にしてレジへと向かった。
しかし、いくら普段知り合いに会わないといっても出会うときは出会うもんである。
「あれ、サクラ?」
小学校時代のあだ名で呼ばれて、ぎくりと身をこわばらせる。
声がした入り口付近を見ると、ついさっきコンビニに入ってきましたというような顔で見知った顔が立っていた。桜花はとっさに「ぎゃあ」といいかけて、喉を通過する寸前で飲み込むことに成功する。幼なじみだった。久しく会っていない幼なじみなんてものは、過去の善行も悪行も恥も一切合切知られている厄介な相手でしかない。
「やっぱりサクラだ。今、帰りか?」
桜花は、自分がひきつった笑顔になっているという自覚があった。心の中で「近寄るんじゃない、ばかぼんが」と、こちらも小学校時代のあだ名で相手を呼ぶ。
タイミングの悪いことにコンビニのバイト女性店員が大きな声で「何円になりますぅ」などといいながら、中身の入ったビニール袋を差し出してくる。視線を集めること請け合いだ。さらにビニール袋は雑誌のタイトルが丸わかりになるほどに薄く、小銭を出しながら桜花は冷や汗がでるのを感じた。
それでもって、幼なじみはそれを見過ごしてくれるほど甘くもなかった。
横からひょいと手が伸びる。
「パチンコ必勝法?」
「ぎゃー!」
今度こそ悲鳴が喉から飛び出した。
彼の手から雑誌をひったくる。
往々にして、自分が見られたくないものほど他人は興味を覚えるものなのかもしれない。どうして園芸雑誌のほうを見てくれなかったのか。
桜花は急いでコンビニを飛び出した。右手に雑誌の入ったビニール袋、左手に幼なじみの腕をとって。
「あたしに恨みでもあるのか、あんたは!」
桜花は目尻をつり上げた。優しげな名前と普段のおっとりした口調から、性格までふんわりふわふわしていると思われがちな桜花である。しかし、必ずしもそれだけではないことを少なくとも弟妹たちは知っている。幼なじみも同様だ。
彼は降参のポーズをとって桜花を見おろした。
「あいかわらず見事な二重人格っぷりで」
「は? 冗談。のんびりぽやぽやしてるのも私。そんで、こうやってあんたにすごんでるのも私よ」
誰が二重人格なもんか、と桜花は胸を張る。
恥ずかしいところを見られたので開き直っている。
「まぁまぁ、怒んなよ。サクラってパチンコするんだ?」
「しないわよ。……頼まれただけよっ」
半分は嘘である。これは桜花の買い物だ。
「ふうん?」
彼は、桜花の嘘に気づいたらしい。だが、どうも前半を嘘だと思ったようだ。
「一度やったら面白いぞ、って、知ってるか。な、今度一緒に行かね?」
「……」
「帰るんだろ。送っていくよ。俺、車だし」
「……」
*
「ただいまぁ」
「おかえり!」
二階から慌てるようにして下りてきたのは一番下の妹・秋華だ。
「今、誰かに車で送ってもらったでしょ。桜花ちゃん、ついに彼氏が出来……」
おませな妹の一言を足を踏んで黙らせる。
姉思い(?)の妹は一発で黙ってくれた。
「しゅうちゃんは小さすぎて覚えてない? 昔、近所にいて同じ市内に引っ越した三浦和馬。コンビニでばったりよ。立ち読みしてるところ見られなかったのはよかったけど、これ買ったのはばればれだったわ」
「知らない。覚えてなぁい」
妹は眉を八の字に寄せる。
長女・桜花と末妹・秋華は9才離れている。覚えていないのも無理はないかもしれない。
「でね、今度パチンコ行かないかって」
居間に腰を下ろして買ってきた雑誌を取り出す。パチンコ必勝法と書かれたそれ。即座に秋華が反論した。
「桜花ちゃん、パチンコしないじゃん!」
「そうなのよねー。誤解されたわよね、あれは」
パラパラと雑誌をめくる。桜花の目当てはこの雑誌に掲載されている四コマ漫画だった。友人が描いたものである。
「やっぱり彼女の漫画は面白いわぁ。私もたまにはこういう風刺がきいたの描いてみたいわね〜」
桜花は、趣味でこっそり漫画を描いている。
次女が美大に行っているので家に画材がそろっていても誰も不思議に思わないが、その中のいくつか(たとえばペン軸だったりペン先だったりスクリーントーンだったり)が桜花の持ち物であることを知っているのは、きょうだいだけだ。家族の中でも母は知らない。桜花の部屋に「誰にも見られてはいけない」本棚があることも。
秋華はそっと目頭を抑えた。
「桜花ちゃん、いつまでも二次元のヒーローだけを追っかけるの、やめよーよ……」
桜花はいつまでも理解のない妹に軽く舌を打つ。人生無駄なことは何一つない、が桜花の持論だ。かつてコスプレイヤーとして慣らしたミシンの腕でちゃっかり職を得ることができたことを末妹は知らない。