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    赤と銀のロンド

    • 2004.06.20 Sunday
    • 15:50
     それは担任の一言から始まった。
    「相馬優駿、飯を食い終わったら英語準備室に来い」
     フルネームでのご指名である。本日、リーダーの授業は5限目だ。

     田中と鈴木がまた軽く肩を叩いた。
    「よかったな、ダービー。レンコンのはさみ揚げ、お前の代わりに食っててやるから」
    「がんばれよ、ダービー。こっちのアスパラのベーコン巻き、うまそうだよな」
     今日も優駿の昼ご飯は手作り弁当。弁当のおかずは友人達に持っていかれた。
    「……お前ら、手伝ってくれるのかよ」
     もちろんしたたかな友人達は、昼食後あざやかに逃げたのであった。

       *

     大急ぎで昼食を詰め込んで(おかげで食べた気がしない)優駿は英語準備室の前にいた。
    「失礼しまーっす」
     ガラッと勢いよく引き戸を開けると、教室内には煙が立ちこめていて思わず優駿はむせこんだ。鼻と口を押さえる。
     煙草の煙が充満した英語準備室には英語科担当の担任と、なぜか社会科担当の学年主任がいた。
    「あれ、信楽先生? なんでいるんですか?」
     ちなみに学年主任に生徒がつけたあだ名はタヌキだ。このベテラン教師は風貌がなんとなく信楽焼のタヌキに似ている。学年主任は大半が白髪になってしまった頭に手をやりながら、えへっと笑った。
    「その、最近職員室にも禁煙化の波が押し寄せてきましてね。愛煙家にはなかなか、その、ほかの先生方の目もありまして、柚木先生のご厚意でこちらで吸わせてもらってるわけなんですね」
     ベテラン教師がどこか申し訳なさそうにしているのとは正反対に、まだ二十代の担任教師は椅子にふんぞり返って煙草を吸っていた。どちらが偉いのか分からないような態度である。学年主任の控えめな発言に、担任は豪快に笑いながら手を振ってみせていた。
    「とんでもない。好きなものを我慢するほうがストレスたまりますって」
     その台詞に信楽焼のタヌキはやっぱり小さくなって照れ笑いを浮かべる。本当にどっちが立場が上なのか分からない。
    「柚木先生とはちょうど好む煙草の銘柄が同じだったのがご縁でして……」
    「やっぱり煙草は赤マルですよ。ね、信楽先生」
    「ですよねぇ。そういえば、教師が『赤マル』ってなんだか語呂合わせがいいですよねぇ」
    「丸のほうが『赤点』よかマシっすね」
     教師二人の煙草談義は、あいにくと優駿のまざれる会話ではなかった。優駿の家族で煙草を吸うのは離婚した父だけだ。赤いマルボロの箱を視界の端に捕らえながら、わざと無視してつかつかと窓際に近寄る。窓を全開にした。
     もうもうと室内に充満していた紫煙が一気に換気される。
     それと同時に風が吹き込んでプリントが何枚か飛んだ。
    「こら、相馬! 窓、閉めろ!」
    「こんなに煙が充満してたらこっちが肺ガンになるってば!」
     けふん、と軽くせきこみ、目をこすった。これはわざとではない。教師二人はヘビースモーカーらしく、この副流煙の渦をなんとも思っていなかったらしい。優駿は手早く飛び散ったプリントを拾い集めると、きちんと種類別に分類して机に置いた。パンチやらペン立てやらを利用してペーパーウェイト代わりにする。そして次の授業に使う小さなCDラジカセを手に取った。前の授業で使ったヒアリング用カセットテープが入れっぱなしになっていないか確認して、それを抜く。
    「ほら、昼休み終わっちゃうよ。先生、今日はどのテープ出してくんの?」
    「……お前、そういう手際は、めちゃくちゃいいな」
     姉貴たちの教育がよっぽどいいんだな、とひやかされた。優駿は黙っていた。まさか姉たちだけでなく、妹たちにも頭があがらないとはさすがにいいづらい。

     さて、担任はやっと煙草を灰皿に押しつけて腰を上げた。授業で使うテープを選びながら、多分彼の無意識の癖なのだろう、鼻歌を歌いだす。
     優駿は首を傾げた。どこかで聞いたようなメロディだ。学年主任はいつもの穏やかな笑顔でいった。
    「おや、『煙が目にしみる』ですか。古い歌ですね、いいですねぇ」
    「よくご存じで。『Smoke Gets In Your Eyes』。さっきの相馬の態度でふと思い出しましてね」
     学年主任がタヌキそのもののような笑顔で説明してくれる。
    「煙草を歌ったものではなくて失恋の歌なんですけどね。簡単な英文ですから相馬くんでも大丈夫だと思いますよ」
     相馬くん「でも」の部分は余計なお世話だという気がしたが、優駿の英語の成績はかなり壊滅的だ。適切な表現といえよう。しかしそれをなぜ、優駿のクラスでは日本史を教えている学年主任が知っているのかは謎であるが。
     担任はというと、
    「よーし、今日はこれでいくかぁ」
     といって書類棚の一角に置いたテープデッキをあさり始めた。「Smoke Gets In Your Eyes」を探している。
     どうやら今日のヒアリングのテーマが決まったらしい。ヒアリング教材にジャズを選ぶあたり、この教師の趣味がモロに出ていた。

     父親のいない優駿は少し、ほんの少しだけ、その背中を「格好いいなぁ」と思う。
     物心ついてからずっと女ばかりに囲まれて育ってきたためか、どんな男になりたいか具体的なヴィジョンが今の優駿にはない。だからマルボロだったりジャズだったり偉そうな態度だったりと、自分の知らない世界を知っている身近なモデルに軽い憧憬を抱く。

     ぼんやりと見ていたら、突然担任が振り返って目があった。
    「なんだ?」
    「……なんでもないです」
     だが担任はにやりと笑い、優駿に近づいてきた。考えていることがばれたのか、と内心どぎまぎしていると、
    「煙草は二十歳になってからだ。どうしても欲しいなら今度、銀マル ウルトラライト個人輸入してやっから」
    「誰が煙草の話なんかした!? てか、未成年に勧めるな、問題教師!!」
     優駿が抱いた憧憬は一瞬にして白紙撤回された。


    ※お酒、たばこは二十歳になってから(笑)

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