「桜花ちゃんの馬鹿ー!」
「馬鹿っていうほうが馬鹿ー!」
今日も相馬家はかしましい。
声の主は、末妹・秋華と長女・桜花である。
本人たちにいえばさらにうるさくなるのがわかっているので誰もいわないが、相馬家五人きょうだいのうち一番年上の桜花と、一番年下の秋華が、一番よく似ているのだ。
一番よく似ているということは、一番衝突も多いということで。
自然、喧嘩が始まるのはこの二人が一番多い。
「毎日毎日、似たようなことで喧嘩できるもんだわね」
と次女・皐月がいい。
「喧嘩もできないきょうだいよりいいわよ」
と三女・菊花がいった。
その間に挟まれる場所にいる(生まれる順番でもこの二人に挟まれている)長男・優駿は無言だった。相馬家ヒエラルキーの末席としては、喧嘩するほど本当に仲がいいのかと疑問符付きで声を上げたいところだが、姉と妹に気兼ねして口には出せない。
しかし、今日はまた調子が違った。
友達がどうだとか、みんなやってるとか、よそはともかくうちはうちです、とか、そんなよくある口論が全く落ち着く気配をみせない。どんどんヒートアップしていく。
聞いている三人は、これはそろそろ止めなければいけないかと腰を浮かせる。
が、一歩遅かった。
秋華が口火を切った。
「なによ、私なんか、この家の子じゃなかったんだー!!」
三人が全員、立ち上がった。
「ちょっとあんた、いっていいことと悪いことがあるでしょーよ!」
「秋華、桜花姉ちゃんに謝れ、な! な!?」
「秋華ちゃん、冗談がすぎるわよ」
相馬家の台所を一手に切り盛りする、ある意味母より強い、桜花は。
「出ていけーーー!!」
……売り言葉に買い言葉であった。
*
本当に秋華は出て行ってしまったのである。
ただ、売り言葉に買い言葉の発作的な行動で、後先考えた物ではない。その秋華の後を追ったのは菊花だった。相馬家では、下のきょうだいはすぐ上のきょうだいが面倒を見ることが家訓のようになっている。秋華の面倒は菊花がおさめねば、本人が気が済まないといったところだろう。
菊花の報告によると「帰りたくない」と駄々をこねて動かない秋華をうまく丸め込んで、母方の祖母の家に向かっているらしい。道中、あるいは祖母の家で菊花が説得してくれることを他のきょうだいは期待している。
相馬家ではちょっと珍しい光景がひろがっていた。
ふくれっつらをしている桜花を正座させて、こんこんと皐月が説教をしている。いつもなら説教をされているのが皐月のほうなのだが。
「姉さんも、いっていい言葉といけない言葉、いくら頭に来ていたからってわからないはずないでしょう? 聞いてるの、姉さん!」
「……だって、しゅうちゃんが……」
「ね・え・さ・ん」
「……はい」
優駿は「おお、珍しいこともあるもんだ」と部屋の隅っこで小さくなりながら二人の問答を見ているしかない。
女所帯でただ一人の男は、こういうとき全くの無能である。まるで彼女たちだけで役割分担がきっちりできあがっているようだ。
連絡待ちというのももどかしいものだ、と思っていると、家の電話が鳴った。
全員が「秋華からだ」と直感した。そういうものだ。
一番に飛び出したのは桜花だった。
なんだかんだいいながら末の妹が心配だったと見える。
「はい、もしもし!?」
……と。
受話器の向こうから、秋華の大声が響き渡った。
『桜花ちゃん!! うちの誰かがホントに、うちの子じゃないってホント!!?』
大音量に、桜花が耳を覆った。
皐月が天を仰ぐ。
優駿は目が点になった。
嵐が、やってきた(笑)