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    カップベンダーの褐色の思い出

    • 2006.10.26 Thursday
    • 15:33
     秋も深まりだんだんと寒くなってきた。
     学校の食堂前の自動販売機は、昼食時と下校時、そこそこのにぎわいをみせる。ここの自販機はカップベンダー式で、50円で買える温かな一杯は、貧乏な高校生を色んな意味であたたかくしてくれる。
     優駿も友人二人と、今日も自販機の前にいた。
    「砂糖なし、ミルクなし、と」
    「お。ダービー、ブラックで飲むのか?」
     鈴木は砂糖多めのミルク少な目。田中はミルク多めの砂糖なし。優駿はコーヒーのときはブラックだった。かといって、甘いものが苦手だというわけではない。
    「甘いのが欲しいときはココアにするし」
    「へー。こーいうカップのココアだと飲み終わった後、底に粉、たまってないか? オレ、あれ駄目なんだ」
    「それはあんまり気にしたことなかったなー」
     優駿は紙コップに口を付けた。苦い味が口の中に広がる。実をいうと、あまりおいしいとも思わなかった。ただなんとなくブラックコーヒーに思い入れがあるだけである。

     いつか大人になったらコーヒーをブラックで。
     子供の頃、紙コップに入ったココアを飲みながらそう聞いた。

       *

     優駿の一番古い記憶は、三歳の11月までさかのぼれる。
     七五三である。優駿の三歳の祝いで、同時に姉・皐月の七歳の祝いでもあって、姉は「赤い着物はイヤ。ももいろの着物はもっとイヤ」とさんざん駄々をこねていた。
     結局姉が何色の着物にしたのか記憶にはないが、残っている写真を見ると水色の着物を着ていた。ただ金糸が目立つ黒い帯以外の小物はすべて赤で、おそらくそれが原因だろうと思うのだが、写真に写っている姉の表情はふてくされていた。
     その隣には晴れ着を着た三歳の自分が、ものごとを把握してませんといった顔でつったっている。

     記憶があるのはほんの一瞬。ちょうど写真を撮ったあとだったように思う。

     晴れ着を脱いで――思えばあれはレンタルだったのだろう――出てきたら母たちはいなかった。母と祖母は姉二人とひとつ下の妹にかかりきりになっていて、優駿にかまっている余裕はなかったのだろう。いたのは父である。
     男はこういうときしょうがないなと、父は笑っていて、幼い優駿の手をひいていった。
     薄明るい部屋。黄色っぽい照明。自動販売機とその隣に置かれた観葉植物。三歳児の自分は高い背の父を見上げていた。お金を入れる音。指は迷うことなく特定のパネルを押して、やがてピピピッと機械音があがった。
     差し出されたのは温かいココア。
     父が何かいう。熱いから気を付けろだとか、甘いほうがいいだろうとか。そのあたりは覚えていない。
     赤いベンチに並んで腰掛けて、ふーふーと、さましながらなんとか飲んだ。
    「まぁ、いずれはコーヒーをブラックで飲めるようになるさ」
     意味もわからず優駿は頷いた。

     ただそれだけの記憶である。

     それでもなんだか妙に記憶に残っていて、ココアを飲むたびにとか、姉がコーヒーを飲むたびにとか、その記憶がふと蘇って結局今まで忘れないでいた。そのうちにコーヒーをブラックで飲むようになったのはその思い出のせいかもしれない。

       *

     家に帰ると、挽きたてのコーヒーの香りがただよっていた。
    「あっ。姉ちゃん、もう一杯追加して!」
     一番上の姉・桜花はコーヒーが飲めない。コーヒーを好むのはすぐ上の姉・皐月である。
     珍しくいれたてのコーヒーを飲むことが出来て優駿はそれをじっくりと味わった。
    「あー。自販機のコーヒーより断然うまーい。やっぱいいやつはブラックで飲むとうまいよなー」
    「生意気いうんじゃないの、高校生が」

     思い出したついでに、優駿は姉に七五三のときのことを聞いてみた。

    「それ違うわよ。私が優駿にココア飲ませたのよ」
    「……は?」
    「だから。母さんたちが忙しくて、当事者の私たち二人は放り出されて、寒かったしあんたはぐずってくるしで、みっつのあんたの手を引いて私がココア買って飲ませたのよ。赤いベンチんところで」
    「ええ?」

     ところがこの話を耳にした桜花がさらに口を挟んだ。

    「それ違うわよ。ゆうくんにココア飲ませたの私だってば」
    「はぁ!?」
    「お母さんたちはさっちゃんにかまってて忙しくて……まぁ私もかまってもらえなくてふてくされていたせいもあるんだけど……だから、ゆうくんの手を引いてその場から離れて、二人でココア買って飲んだのよ。そうそう、観葉植物のあった赤い自動販売機!」

     さらに母がいった。
    「何いってるの。あんたたちが七五三のときはお母さんが優駿の面倒みてたんでしょ」
    「えーッ!?」
    「おばあちゃんとお父さんには大きい子供達を見てもらってたんだから。まだ小さい優駿と菊花をみてたのはお母さんよ。はっきりと覚えてないけれど、優駿と菊花、ふたりともにココアを飲ませて機嫌とってたんだから」
    「それ違うって!」
    「私が!」
    「私よ!」
    「私だってば!」

     真相は藪の中……になってしまった。

     当時二歳だった妹・菊花はやんわりと笑った。
    「で? 兄さん、どれが真実だと思う?」
    「……もうどうでも。それぞれ自分が記憶してたことが真実だと思っててくだサイ……」
     優駿は深い深いため息をついた。

     ひとつのネタで女三人ぎゃあぎゃあと、今日も相馬家は姦(かしま)しい。

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