夏である。
優駿は夜空を見上げていた。
「……そろそろペガスス座の季節がやってくる、か」
中空には目立つ星がみっつ。それぞれを繋ぐと大きな三角形に見える。
不思議とこういう目立つ三角形が春・夏・冬それぞれの夜空にあって、大三角と呼ばれている。秋だけがない。三角形のかわりに、秋はペガスス座の一部である大きな四角がある。
特に夏の大三角はよく目立って面白い。七夕にちなんだ神話があるのも、天体に興味がない誰かに説明しやすい。夏の大三角は織姫星と彦星、かささぎの一部を繋いでできあがるのだ。
「あーあ。天の川が観測できるようなところ、行きたいなぁ」
優駿の自宅からは天の川が見えない。夜空を見上げながらついそんなことを思うのだ。
*
ある日、昼ごはんの席でそんなことをぽつりと漏らしたら、一番上の姉・桜花がいった。
「天の川? むかーし、田舎で見たことあるような気がするけど??」
すぐ上の姉・皐月が同調する。
「すごーく昔よね。優駿が生まれる前くらいの話。だってあれ、お父さんの田舎だもの」
「長いこと行ってないわよねぇ。さっちゃんも小さかったもんね」
優駿と皐月は4つ離れている。
「い、行きたい!」
思わず立ち上がってそういっていた。
姉二人は目を点にした。
「今から? どう行くのよ。姉さん、場所知ってる?」
「さっちゃーん、これ、お母さんの昔のアドレス帳から出してきた住所。お母さんが車、貸してくれるって」
「私に車を出せ、と? うっわ遠い」
「あそこ、田舎だから電車がないのよね〜」
持つべきものは行動力のある姉である(そしてカーナビがついた車だ)。
優駿はその日のうちに田舎へとひた走る車に乗っていた。
姉二人が運転手とお目付役として同行している。妹たちは今回留守番だ。
「うわー、初めて姉ちゃんたちの弟でよかったと思ったー♪」
「なぬ?」
……地雷を踏んだらしいが、今の優駿は気にしない……ことにしておく。
*
空気の澄んだ高原。まわりになにもない田んぼのあぜ道。
車を停め、一歩外に出て、優駿は叫んだ。
「なんじゃこりゃー!」
歳月は着実に小さな片田舎にも光をもたらしていた。
ここらは車が唯一と言っていい移動手段である。大きな道路が通っており、車がしょっちゅう行き来する。街灯が等間隔で設置されており、こうこうとした灯りを提供していた。
そう、夜空が、明るいのである。
天の川など望むべくもないほどに。
天頂には夏の大三角。こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブが燦然と輝く。
「あんまりだー! 0等星のベガでさえ、あの程度の光にしか見えないなんてー! ノーザンクロスだけははっきり見える程度の夜空なんか、うちでも見られるのにー!!」
優駿の叫びとは裏腹に姉たちはのんきなものだった。
「よかったわね、きくちゃん連れてこなくて♪」
と桜花がいう。妹・菊花も星を見るのは好きなのでがっかりさせたくなかった。そう、姉たちはこの事態を薄々予想していたのである。
「コンビニくらいは出来てると思ってたけど正解だったわねー。じゃ、少し寝るからアレの気が済んだら起こして」
といって皐月は運転席のシートを後ろに倒した。長年疎遠になっている父方の田舎に顔を出す気は、二人ともさらさらない。
「あんまりだー!」
もう一度叫んで優駿は車に積み込んでおいた天体望遠鏡を設置しはじめた。空はたしかに明るいが、田舎だけあって見える星の数は普段と比べると倍近く違う。
これをしっかり見ずに帰ってはもったいない。
優駿は自分の貧乏性を呪った。