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    眼鏡と階段と菊花さんの微笑

    • 2004.06.08 Tuesday
    • 15:22
     相馬家四女、秋華は小気味いい音を立てて両手をあわせた。
    「ね、お母さん。コンタクトの度があわなくなってきたの。お金ちょうだい♪」
     母は渋い顔を作った。
     相馬家の四姉妹+1で視力がいいのは次女・皐月と長男・優駿だけである。長女・桜花も三女・菊花も眼鏡を常用しているし、末娘の秋華はコンタクトレンズだ。かくいう母も平時はともかく運転時に眼鏡がかかせない。
     扶養家族を四人も抱える母としては、いらぬ出費はできるだけ控えたい。必要経費とあれば致し方ないが、このまま末娘にお金を渡すとどうも帰りに無駄遣いしてきそうな気がする。
    「帰りにCDやらDVDやら買ってきたりしないわね?」
    「しない、しない」
     中学生の娘は笑顔で答えた。その言葉に信憑性がないのはその笑顔が物語っていた。かといって仕事を休んでまで自分が付き添っていくわけにもいかない。
     救いの神はすぐに現れた。
    「じゃあ私もついでに眼鏡をあわせてこようかしら」
     三女・菊花がそう切り出してくれたのである。秋華の笑みがやや引きつった。このしっかり者の姉が一緒では帰りに買い物になど寄ってくれないことを知っているのだろう。
    「助かるわ、菊花」
     固い財布の紐はゆるめられ、コンタクトレンズ代は直接菊花の手に渡ったのであった。

       *

     道すがら、ずっと秋華はぶーたれていた。
    「女の子がそんな顔するものじゃなくてよ?」
     切符を買う間、やんわりと姉にたしなめられる。ちなみに菊花は定期券を持っている。
     菊花という美しい名を持つこの姉は、決して名前負けせず大和撫子を地でいくような雰囲気がある。しとやかで清楚でたおやか。少なくとも、外面は。
     姉の横顔を見ながら秋華は上目遣いになった。
    「ええ、ええ。そりゃあ女らしいでしょうよ、菊花ちゃんは。どうせ私は名前負けですよーだ」
    「あらあら」
     八つ当たりもあっさりかわされた。この姉、今年高校二年生のはずだが大人びて……というより、どう見ても年寄りじみている。
    「そんなに不機嫌な顔をしないで。ほら、電車がくるみたいよ」
     駅に向かう途中の長い階段の上を指さした。
     人々が一斉に同じ方向に向かい、一種の流れが出来ている。菊花はそれにうまく乗ったが秋華は、中学通学は自転車なので慣れていない。菊花は後ろを向いて待っていてくれたが、人の波のなかで立ち止まる、あるいは逆送するのはとても危険である。勢いよく階段を駆け上がっていた誰かがすれ違いざま、菊花にぶつかった。

     彼女はバランスを崩し、一気に階段から落ちた。

    「菊花ちゃん!?」
     下まで落ちた姉はぴくりとも動かなかった。人の流れは一時止まったが、すぐに時間を取り戻したように上に向かう。今度は電車から降りてきた人々でまたごった返すだろう。
    「お姉ちゃん!」
     なにしろ姉が三人もいるので秋華は普段から「お姉ちゃん」という呼称を使わない。一応人の目があるものだから姉と呼びながら人の波をかき分けた。菊花はやはりぴくりとも動かない。
     動けないほど痛いのだろうか、どこか怪我でもしたのだろうか。心臓が縮みあがった。
     が。
     側に駆け寄って、秋華は見てはいけないものを見たような気がした。菊花の目が開いていたのである。目が合うと、いままで全く動かなかった人が突然すっくと立ち上がった。
    「お、お姉ちゃん?」
    「……考えていたのよ」
     軽く服をはたく。どこも怪我はないようだ。眼鏡のフレームはひどくゆがんでいたが本人はまったく気にした様子はない。
    「普通はあんな見事な階段落ちなんてしないじゃない? ぶつかっただけでどうしてあんなにバランスを崩したんだろうと自分でも不思議に思ったの。それにね、ぶつかっていった人は私が落ちたことに気づかなかったのかしら。ふりむきもしなかったわ。気づいていたらどうしてあからさまに無視していったのか、もし気づいていないとしたなら、そんなに急ぐ理由があったのか……とか、色々と落ちる間に考えていたの」
     考えに夢中になっていると動くのを忘れないか、と逆に秋華に問うてきた。
     開いた口が塞がらないとはこのことである。
    「外から見ていると人間が落ちるって一瞬のことだけど、落ちている人間はその間とても長い時間に感じるって本当だったのね。色々考えたし、それだけじゃなくて、一度にたくさんのものも見えたのよ。まるでスローモーションのように。こちらを向いている人の表情までよーく見えたわよ?」
    「ど、どこも痛くないの?」
     菊花は自分の腕や足をもう一度確かめた。人々の流れは何事もなかったように下りへと変わっている。すべて確かめたあと菊花は真面目な顔で
    「今頃痛くなってきたみたい」
     と、のたもうた。
    「……菊花ちゃん。お願いだから、もう黙って」
     頭痛がしてきた。自分の心配はいったいなんだったのだろう。動かない姉をみて本当に驚いて、恐怖さえ感じたというのに。
     どこがしとやか?
     どこが清楚?
     どこがたおやか?
     周りの評価は、絶対、間違っている!

     頭を抱える秋華とは対照的に、菊花は何事もなかったかのように云う。
    「眼鏡を買い換えたあとじゃなくてよかったじゃないの。電車が一本遅れてしまったけれど、さぁ、そろそろ行きましょうか」
     傷だらけになったレンズの向こうで、楚々とした微笑を浮かべたのであった。

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