「お願いっ」
と、いわれて、
「しょうがないなぁ」
と、口では渋いことをいいながら態度は嬉しくて胸を張ってしまった。
そんなことが学校であった、本日の秋華だった。
*
とんとん、と兄の部屋をノックする。
「兄貴ー?」
なかから、がたん、ごとんと音を立てて兄が立ち上がった音がした。開いた扉からは天照大神ならぬ、鬱蒼とした顔の兄がでてきた。目の下にくまができている。兄、高校三年生。受験生というやつである。
そんなことおかまいなしなのが秋華。
「あのねぇ。兄貴が持ってるCD貸してよ」
最新のヒットナンバーのタイトルを挙げる。
「……興味ないっていってなかったっけ」
兄は眠そうな目で部屋に戻っていった。さっきまでもしかしたら寝ていたのではなかろうか。
「うん。聴きたいっていったのは友達。MDに落としてあげる約束したの」
音楽を編集するのは好きだ。
曲の選択、順番の並べ方、ケースにもシールを貼ったりして凝る。時間がかかるがとても楽しい。
兄はすぐに目的のCDを出してきてくれた。
「ほら」
「サンキュ。あれよね、けっこうこういう作業、手間よね。好きでやってることだけど手間代もらったりしちゃっても罰はあたらないと思うわー」
そういったとたん、兄は秋華の手に置くはずだったCDをひょいと上に持ち上げた。
「何すんの」
「お前、それ法律違反」
兄の目は相変わらず眠そうだが、眉間に縦皺を作って口を引き結んだ。
秋華は兄の言葉を心の中で反芻した。
法律違反?
すぐに浮かぶものがあった。著作権侵害。
「……駄目、かな?」
ちょっとくらい平気……かもしれない……のだが。
「お前、その台詞を桜花姉ちゃんと皐月姉ちゃん相手に言ってみろ。桜花姉ちゃんは同人屋の観点から、皐月姉ちゃんは芸術家の観点からこんこんと説教してくれるから」
それはあまり聞きたくないかもしれない。
なによりあの二人に挟まれて説教をくらうのは心臓に悪い。
「友達にはタダでくれてやるくらいの度量でいろ。学校でやったろ? 著作権は才能を金に換えてる人間を守るためにある。MDを無断で売ったらアーティストの才能に対する代価は、アーティストのところに入らない。古本を買っても作者の収入にはならないから作者の才能に対する代価を支払ってないことになるって」
小さな罪をあなどるな、である。
秋華は兄の手からCDをひったくった。
「わかってるわよ! やらないわよ!」
罪とわかっていても軽く考えてしまうことは、世の中とても多い。
万引きも二十歳未満の飲酒や喫煙も、経験者は案外いる。秋華は考えた。むしろそんな世の中だからこそ杓子定規にルールを守ってみるのも案外面白いかもしれない。
自分の部屋でオリジナルMDを編集しながら秋華は制服のポケットをさぐった。
ちゃり、と小銭の音がする。
「……もらってたMD代、明日かーえそ♪」
罪を罪と認める強さを自分にも。