進路指導のお時間である。
高校三年生にとって、憂鬱でもあり、切羽詰まった時間でもある。
優駿とその友人、田中と鈴木は進路指導室の外で三人並んでいた。
田中がいった。
「なんでテストの成績で評価されなきゃならんのだろ?」
鈴木もいう。
「偏差値ってのは食わせ物だよなー。テストが満点でも偏差値50って、そんな試験を誰か作ってくれんだろーか」
そして優駿がいった。
「で、ビリに近いやつから落としていくってか? それ、一問間違えれば致命的とかいうんじゃないか?」
そんなのはごめんだとばかりに笑う。どこか空笑い。
生徒の成績はエクセルに入力され、昇順降順ボタンをひとつ押すだけで成績トップから最下位までずらりと並べ替えできる。パソコンによって自動的にナンバーを振られる自分たち。そこには人間性とか、性格とか、そういうものは何も関係なくてただ数字だけが対象。数字だけがすべて。
「失礼しましたー」
進路指導室から佐藤が出てきた。
「おい、鈴木。次だってさ」
「ほーい」
中から呼ばれるまで入室してはいけない。出席番号の前の生徒の資料がまだ出しっぱなしだからだ。
「佐藤、どこ受けんの?」
「まだ内緒。もしかすると学校推薦とれるかもしれないって」
推薦入試はだいたい成績のいい女子にとられてしまうので、男子学生にその恩恵が落ちてくることはめったにない。
「おお〜、がんばれよ!」
「お前ら三羽ガラスもな」
佐藤は笑った。優駿と田中と鈴木も顔を見合わせ、苦笑する。
「鈴木ぃ〜、入れ〜!」
教室の中から担任の声。
「はい。失礼しまっす」
鈴木はあわてて進路指導室の中に消えた。
佐藤は手を挙げて「次の奴、呼んでくるよ」といい立ち去った。
優駿と田中はその場にとどまり続けるしかない。さながら死刑執行を待っている気持ちだった。
*
さて、優駿の番である。
目の前にはいつものことながら偉そうにふんぞり返っている担任。
さながら蛇に睨まれたカエルのごとく、小さくなる優駿。
「相馬。お前、俺の担当教科だけが最悪というのは、わざとか?」
「めっそうもございません」
今時こんな言葉遣いをする高校生がいるであろうか(反語)
資料をぱさっと置いて、しみじみと担任はグラフを指さす。
「平均点をあげるには二つの方法がある。苦手科目を底上げする方法と、得意科目を伸ばす方法だ。教師がどっちを薦めてるか知ってるな?」
「……」
苦手科目の底上げだ。しかし、頭では理解できても実際それができるかというのは別問題なのである。
英語担当の担任は続けていった。
「得意科目ってのは、当然それを得意なやつがその辺りにひしめいてるわけだから伸ばすのが難しいんだよ。苦手科目ってのはコツさえつかめば伸びしろが大きくあるんだ。こら、聞いてっか。お前、文系クラスでここまで数学と生物がいいのはセンター試験に有利なんだからな」
それも耳にタコだ。姉たちにも同じことをいわれた。ちなみに姉二人はそろって理系分野が苦手である。
「せんせえ」
「なんだ」
おそるおそる、優駿は聞いてみた。
「そりゃ一芸入試とか知ってるけどさ。もっとこう、普段の試験にも人間性をみてくれるような、そういう試験は……」
「一般推薦には面接があるぞ」
担任はにやりと笑った。
「だがな、人間性全部を見るような試験で落っことされたら、そっちのほうがショック大きくないか?」
頭脳だけで落とされるのがいいか、人間性全否定か。
「あ……ちょっと偏差値、見直したかも」
「ざまみろ」
担任は無意識に手を口元にやる。ヘビースモーカーの癖。さすがに面談をするときに煙草は吸わないが、癖は抜けないらしい。
「相馬は数学いいから知ってるだろ。デジタルとアナログ、どっちにも得意と不得意があってどっちも大事だって。学力テストと面接、どっちも必要とされんだよ。つーわけで期末の英語はがんばるように」
あと何点あげるようにと具体的なノルマを示される。
「失礼しましたぁ」
鬱々とした気分で扉を開ける。
「ああ、待て」
担任から声がかかった。
不良教師は不敵な笑みを浮かべる。
「数字なんてな、単なるきっかけなんだよ、所詮な。お前と田中と鈴木が仲良くなったきっかけもそうだろ?」
教師の言葉に、優駿は自分たちが仲良くなったきっかけを思い出した。
*
「きっかけ、ね」
教室をでると、どうだったと聞く田中がいた。番号(ナンバー)で偶然隣り合った自分たち。そこから他人で終わるか友達になるかはおのおのの人間性。入試も同じで試験に受かるまでが成績順による選出で、受かってから人間性を見られると、そういうことなのだ。ナンバリングによる妙をなんとなく田中の顔をみて実感した。
きっかけは去年。優駿たちの学校は二年から三年はクラス替えがない。
並んだ机。初顔合わせ。
出席番号順に、鈴木、相馬、田中だったのだ。