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    神経細胞のなせるワザ

    • 2004.09.05 Sunday
    • 15:00
     苦手な科目は英語。なのに担任は英語教師。
     高校三年生の相馬優駿、得意科目は文系数学と生物である。

    「いいかぁ、ここはテストに出すぞ〜」
     生物教師はへたくそな絵でニューロンとシナプスを描いた。ニューロンはヒトデのできそこない、シナプスは鼻の形のようだ。
    「ニューロンとニューロンを繋ぐのがシナプス。シナプスは伝わった電気信号の刺激で、びゅーんびゅーんと物質をだすわけだ。これがドーパミンやらノルアドレナリンなどという神経伝達物質だな。ドーパミンが大量放出されると興奮するんだぞー」
     この教師、説明にやたら擬音語が多い。
     ただでさえへたくそな黒板の絵を写すので、優駿のノートにはそれを簡略化したさらにへたくそな絵ができあがる。絵の周囲に「軸索」や「樹上突起」と部位の説明を色ペンで書き込んだ。
     次に、黒板にはプラスとマイナスが交換していく図が描かれた。
     電気信号の伝達の図解だ。
    「いいかぁ。人間、ものすごーく感動したことがあったら『電気が走ったみたい』とかいう表現の仕方をするだろう。実際、体の中には電気が走ってるんだ。そう考えたらすごいことじゃないか?」
     生物教師は目を輝かせた。
     自分が教えている内容が本当に好きなんだな、と生徒が気づくような教え方をする教師はこの学校には少ない。そういう意味でこの生物教師は数少ない例外だった。
    「例えばだな。こう、女の子を見て一目惚れしたときでもいいじゃないか。びびび、って電気が走る。そういう経験したやつ、貴重だぞ、それは。感電したような感動を味わえる機会なんてめったにあるもんじゃない!」
     クラス中が気づく。そろそろ話が脱線するな、と。
     この脱線話が面白くて、だから優駿は生物の授業が好きなのだ。成績がいいのはそのついでである。
    「先生はな〜、やっぱり生で場外ホームランを見たときだな! 今、M社の飛ぶボールなしで場外まで放り込める選手つったら何人いるよ? すごかったんだぞ、放物線を描いてぽーんと飛んだボールがどこにいったのか分からなかったくらいだ! もう感動どころじゃなかったぞ、脳天までどっかーんと電気が突き抜けていった! 昔の映像で衣笠のホームランをみたときもすごかったが、やっぱり目の前での出来事ってのは感動指数が上回るぞ!!」
     授業そっちのけで陶酔していた。
     ちなみに教師は熱心なカープファンだ。その日の機嫌によってカープの勝敗がわかる、といわれるくらいに。
     とてつもなく幸せそうな生物教師の顔をみながら、優駿はぼんやりと、はて自分にはここまで感動できる何かがあっただろうかと自問した。

       *

     休み時間。
    「実際、脳天まで電気が突き抜ける体験って、めったにないよな」
     優駿の机の周りに田中と鈴木が集まっている。
     優駿の感想に対して、鈴木がいった。
    「んにゃ、ダービーは毎日そういう経験してるだろ」
     相変わらず、妙なあだ名で呼ばれる。
     田中がそれに頷いた。
    「そうそう。美人に見つめられてボクどきどき〜って」
    「……誰が?」
     そんな美味しい経験なんぞまったく覚えがない。
     しかし田中は、真面目くさった顔でいう。
    「想像してみ? 斜め45度上からにらみつけてくる皐月さんの顔」
     優駿は固まった。
     二番目の姉・皐月はたしかに美人に分類されるだろう。突き刺さる視線、背後には炎。次にくるのはニードロップかラリアットか、それともココナッツクラッシュか。
     想像するだけで心臓が悲鳴をあげた。
     たしかに擬音語にするなら「どきどき」かもしれないが意味が違う。
    「違ーう! それは『脳天まで突き抜ける』じゃない、ただの日常茶飯事だ!」
     それもなんだか情けない。
     田中と鈴木は、それもそうかと納得しあう。どうでもいいが他人ちの家族構成をこの二人はどうしてこんなに詳細に知っているのだろうか。
    「やっぱり滅多にない経験でないと『脳天まで突き抜ける』っていわないか〜」
    「そうだ、ダービー。こんなのは?」
     と、今度は鈴木が身を乗り出す。
    「菊花ちゃんの、目が笑ってない『にっこり』ってやつ」
     優駿は、今度は全身から冷や汗が吹き出すのを感じた。
     例えるなら姉・皐月の怒りが灼熱地獄ならば妹・菊花のそれは極寒地獄。
     すぐ下の妹・菊花は、クールな毒舌家ではあるがその分あまり感情をむき出しにして怒ることはない。怒らせると何をされるか分からないから逆に恐ろしい。
     心臓を抑えて、深呼吸を繰り返す。
    「お前ら……ひとんちの話だからって恐ろしい例え話ばっかりするのは、やめてくれ」
     心臓ばくばく。冷や汗だらだら。
     優駿のシナプスは現在、活発に興奮物質を送り込んでくれているらしい。げに恐ろしげなり、ドーパミン。

     田中と鈴木は「おもしれぇ」と、けたけた笑っていた。類は友を呼ぶ。他人の不幸は蜜の味。
    「そーいや、ニューロンって生まれてから一年以内で爆発的に増えるんだっけな、田中」
    「詳しいことは忘れたけど、なんか赤ん坊からの増え方ってすごかったよな、鈴木」
    「こいつのニューロン、その時点で学習しちゃったんでないかい?」
    「『お姉さまには逆らうな』ってか? おお、ダービー、きっとそうだって」
     優駿は頭を抱えた。
     それなら、姉たちに逆らえないことの説明はつくが、妹たちにも頭が上がらない説明がつかない。

     姉に脅され、妹に毒舌をあびせられ。
     それでも悲しい脊髄反射。ニューロン、シナプス、ドーパミン。
     相馬家において優駿の待遇改善がされる日はあるのか、いやない(反語)

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